自然は「土」に帰り、形を変えて蘇る:青葉益輝さん


2007年12月3日から22日まで、ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)では、第258回企画展として<AOBA SHOW : AOBA MASUTERU ONE-MAN SHOW>という展示会が行われている。初日の12月3日には、浅葉克己さん・長友啓典さん・青葉益輝さんによるギャラリートークとオープニングパーティが開催された。

ぼくがアートディレクターの青葉益輝さんの作品に初めて出会ったのは、確か大学に編入したばかりの頃。大学の附属図書館でたまたまggg発行の「世界のグラフィックデザインシリーズ22 青葉益輝」をみつけて、素直にかっこいいと思ったし、その訴求力のある図案に魅せられて、ほとんどのページをカラーコピーして当時アパートの壁にずっと貼っていた。それから約6年、初めて青葉さん本人にお会いすることができた。

ギャラリートークでは、学生時代から仕事に就くまでの若い頃の話、桑沢デザイン時代の話、日本宣伝美術会(日宣美)時代の話、サイレンサー時代の話、その他、クラブ活動の話、霊のお祓いをした話、仕事をする上で気を付けていること、プロフェッショナルになるための秘訣など、約2時間にわたって色々な示唆に富んだ話をして頂いた。

その中から、青葉さんの言葉を幾つか以下に引用する。
「人に見せない部分をどれだけ溜め込んでおけるか。植物の根っこのように見えない部分をどれだけもつか。チャンスが来たときにそれをモノにできるように根っこをはる。チャンスがなくても溜め込むことはできる。そのとき、誰にも言わずこっそりやった方が長続きする。書いているときが楽しければ、(ドローイングは)燃やしてしまっても構わない。作品は残らなくても根っこは残ると思う。」
「あることに1年も打ち込めば、他の人から聞かれてもそれについては教えることができるようになる。出来ちゃいましたじゃ絶対に上手くならない。ミリバカ、ナノバカまで。(今の若い世代は)我々よりももっと早く厳しいデザインが出来ていいはず。Mac上で経験することを増やす。」
「第一線に居られた秘訣は、振り返ると、持続し続けたこととあまりふらふらしなかったこと。(グラフィックデザインの中でも)何かひとつの専門を貫く。自分ひとつの暖簾を持っていること、というのがある気がする。あの作品のようにやってください、と言われるようになれば勝ち。」
「朝起きたら自分はデザイナーであるということをインプットしなきゃだめ。良い意味で職業病になると、勉強はそこら中でできる。例えば、21世紀に残るアールはどんなアールだろうとか、(くだらないことを)考えてみる。不思議なことに何年後かにそのことが仕事につながる。」
「(前につくった作品の中で)30年経ってもずっといいと思えるものがある。作品の方から、オレを使え、オレを使えと言っているのが聞こえる。そういった作品がその人の個性につながる。」

平和や環境をテーマにした作品が多く、社会派といわれている青葉さんであるが、社会派になるきっかけが青葉さん本人の気持ちの中にも潜在的にあったのだろうか。またそういった社会問題に関する情報収集についてどのように考えていらっしゃるのだろうか。そのふたつが気になってギャラリートークの最後に質問させていただいた。

「東京オリンピックの開催前、60年安保でヘルメットをかぶってデモに参加していたとき、「東京をきれいにしましょう」という美化運動のポスター自体が街を汚していると感じて、東京都清掃局にB5のラフを持っていってプレゼンテーション。そうしたことがきっかけとなって、東京都計8局のポスターを担当するようになり、それから仕事以外にも社会的なテーマを扱った作品をつくるようになった。と言う訳で、自分としては根っからの社会派ではない、ファッションデザインにも興味を持っていた。」「情報は多ければ多い方がいい。集めれば集める程、つくりづらくはなるが、いい作品ができる。書籍、テレビ、雑誌、気になったらメモをとっておいて、その中から絵になる一行を頂いてくる。」

なるほど、青葉さんの作品には、「絵になる」言葉を一枚の図案に起こしたものが多いことに気付く。「全ての生物は草から始まった」という言葉、「一種の絶滅は全種の絶滅につながる」という言葉、「人間は人間以外の生き物を食べて生きて来た」という言葉、「山が魚を育んでいる」という言葉、「人間の力で出来る事は人間の力で」という言葉、「食べたいものを食べられない」という言葉、「無関心は罪」という言葉。言葉(事実や真実)をそのまま伝えるのはジャーナリズムの仕事、グラフィックデザイナーはそれを美しい一枚にまとめないといけない、そのような内容の文章が会場の入り口には書かれていた。

会場には、ポスターの他に、写真やオブジェ、ドローイングも展示されている。中でも、地下1階に展示されている膨大な量のドローイングには感服せざるを得ない。動物をモチーフにして描かれているドローイングのシリーズは、ハガキサイズの用紙に約5000枚。1日20枚程度を2年間に渡って書き続けたものであるらしい。その図案とバリエーションがまた凄い。動物たちは可愛らしく抽象化されることでより普遍性を持ち、生息範囲あるいは解釈の領域を拡げて息づく。そして、輪郭による個体の認識という概念を越えて、輪郭が他の輪郭を縦横無尽に横断している。見方によっては南方曼陀羅のようにもみえるこの膨大で多様なドローイングたちをみていると、ふと「持続可能性の本質は多様性にある」という言葉を思い出した。

津田和俊 2007年12月10日

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